さらば矢野康生 --
若野康玄 /著   -- 徳間書店 -- 2019.12 -- 19cm -- 269p

資料詳細

タイトル 唯誠
副書名 さらば矢野康生
著者名等 若野康玄 /著  
出版 徳間書店 2019.12
大きさ等 19cm 269p
分類 368.51
件名 山口組
個人件名 矢野 康生
著者紹介 1945年3月29日生まれ。大阪市出身。全日本格闘技振興会会長、一般社団法人競拳インターナショナル代表、若獅子会館館長。近畿大学で武道会・空手部で主将を務め4年生だった69年に右翼民族派団体「皇国学生同盟」を立ち上げる。71年、26歳の時、三代目山口組北山組内森組若頭として渡世入り。任侠と民族派の集合を目指し、北山組・北山悟組長と一世一代の親子盃を結び直参となり矢野組組長に。竹中正久四代目暗殺事件の首謀者、悟道連合会・石川裕雄会長とは、大阪府警などの資料に「石川裕雄にもっとも影響を与えたのは、矢野康生である」と書かれる関係。山一抗争中は「一和会きっての気鋭の若手組長」と報じられるが、北山組長引退とともに北山組は解散。四代目山口組益田組に移り、益生連合会会長となる。宅見若頭射殺事件後の02年に沖縄で射殺された中野会・弘田憲二副会長とは一和会時代から兄弟分で、葬儀に参列したことを理由に五代目山口組から絶縁。若頭射殺事件で絶縁され独立組織となった中野会に副会長として迎え入れられ、太竜会会長となり02年に引退する。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
要旨 民族派右翼から三代目山口組北山組に渡世入り。四代目山口組分裂を一和会きっての武闘派として生き抜き、あの石川裕雄に「もっとも影響を与えた」と警察資料に書かれた「矢野康生」。中野会副長として引退して17年経った今、自らの半生に別れを告げるべく全てを明す。山一抗争の新事実とは―。
目次 第1章 空手道と右翼民族派;第2章 渡世入り;第3章 康生と裕雄;第4章 竹中正久四代目暗殺の内幕;第5章 一和会にとっての山一抗争;第6章 不変者と変容する山口組;終章 さらば矢野康生
ISBN(13)、ISBN 978-4-19-865001-8   4-19-865001-2
書誌番号 1113749964
URL https://opac.lib.city.yokohama.lg.jp/winj/opac/switch-detail.do?bibid=1113749964

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