「かれら」はどのように裁かれてきたのか --
佐藤幹夫 /著   -- 言視舎 -- 2024.4 -- 19cm -- 251p

資料詳細

タイトル 「責任能力」をめぐる新・事件論
副書名 「かれら」はどのように裁かれてきたのか
著者名等 佐藤幹夫 /著  
出版 言視舎 2024.4
大きさ等 19cm 251p
分類 326.14
件名 刑事責任 , 発達障害 , 少年犯罪
著者紹介 1953年、秋田県生まれ。2001年よりフリーランスとして、執筆や、雑誌・書籍の編集発行に携わる。1987年より批評誌『飢餓陣営』を発行し、現在58号。主な著書に『自閉症裁判』(朝日文庫)など。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
内容紹介 障害をもつ人々はなぜ支援からこぼれ、法を犯すところまで自らを追い込んでしまったのか。司法はどのように裁いてきたのか。「見えないこと」「ふれたくないこと」にされてきた「かれら」の事件に20年以上向き合ってきた著者が、あらためて検証する。
要旨 あらためて「発達障害と事件」「少年の重大事件」を問う。「かれら」はなぜ支援からこぼれ、法を犯すところまで自らを追い込んでしまったのか。司法はどのように裁いてきたのか。「見えないこと」「ふれたくないこと」にされてきた「かれら」の事件をあらためて検証する。
目次 第1章 新・事件論(1)―「かれら」はどのように裁かれてきたのか(「レッサーパンダ帽男」の罪と罰―二〇〇一年東京・浅草短大生殺害事件;刑罰か療育か、少年の裁判がはらんだジレンマ―二〇〇五年大阪・寝屋川、一七歳の小学校教師殺傷事件;知的障害と刑事裁判、その難しさはどこにあるのか―二〇〇八年千葉・東金幼女殺害事件;ある判決、噴出する批判 アスペルガー症候群と裁判員裁判―二〇一二年大阪・平野区実姉殺害事件から);第2章 新・少年事件論―「保護か厳罰か」の対立を超えて(「逆送少年」の刑事裁判について―二〇〇六年「寝屋川、奈良、板橋」、それぞれの判決から;少年たちの「犯罪予防」はどこまで可能か―二〇一四年夏、佐世保で何が起こったのか;佐世保の事件と『絶歌』を読む 少年の「更生」とはなにか―一九九七年神戸児童連続殺傷事件を振り返りながら);第3章 新・事件論(2)―「さまざまな責任能力論議」という視座(なぜ「責任能力論」だったのか―二〇〇一年大阪教育大学附属池田小学校事件の衝撃;「刑法三九条削除」論の向こうにあるもの―二〇〇四年埼玉・所沢事件;裁判で「責任能力」はどのように争われたのか―二〇一六年相模原・津久井やまゆり園事件)
ISBN(13)、ISBN 978-4-86565-274-1   4-86565-274-4
書誌番号 1124006844
URL https://opac.lib.city.yokohama.lg.jp/winj/opac/switch-detail.do?bibid=1124006844

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