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キリスト教の哲学のために -- 叢書・ウニベルシタス --
ミシェル・アンリ /著, 川瀬雅也 /訳   -- 法政大学出版局 -- 2026.1 -- 20cm -- 490p

資料詳細

タイトル 我は真理なり
副書名 キリスト教の哲学のために
シリーズ名 叢書・ウニベルシタス
著者名等 ミシェル・アンリ /著, 川瀬雅也 /訳  
出版 法政大学出版局 2026.1
大きさ等 20cm 490p
分類 191
件名 神学 , 真理
注記 原タイトル:C’EST MOI LA VÉRITÉ
著者紹介 【ミシェル・アンリ】1922年、旧仏領インドシナ(現在のベトナム)のハイフォンに生まれる。7歳のときフランスに帰国し、アンリ四世校に通う。1945年、哲学教授資格を取得し、リセで教鞭を取るかたわら国家博士学位論文を書く。1982年に退職するまで、ポール・ヴァレリー大学(モンペリエ第三大学)哲学教授、小説家としても知られ、ルノード賞受賞作を含む4冊を出版している。戦時中、強制労働局へ徴発されたが、ドイツ行きを拒んで地下に潜行。この「地下潜行」体験はアンリ哲学に決定的な影響を及ぼし、独自の「生の現象学」形成の契機となる。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
内容紹介 神は〈生〉であり、キリストはその〈自己性〉、そして人間は〈神の子〉である。みずからの本質である〈生〉を忘却した人間の救済は可能なのか。生の現象学と聖書的真理を融合させた、独創的かつ反時代的な文明社会批判。ミシェル・アンリ晩年の書。
要旨 絶対的〈生〉とは何か。キリスト教の真理とは〈生の真理〉である―『現出の本質』をはじめとする数々の著作で戦後フランス哲学の一角を代表するミシェル・アンリ晩年の書。神は〈生〉であり、キリストはその〈自己性〉、そして人間は〈神の子〉である。みずからの本質である〈生〉を忘却した人間の救済は可能なのか?生の現象学と聖書的真理を融合させた、独創的かつ反時代的な文明社会批判が読む者を圧倒する。
目次 序論 われわれは何を「キリスト教」と呼ぶのか;第1章 世界の真理;第2章 キリスト教による〈真理〉;第3章 〈生〉という名の〈真理〉;第4章 〈最初の生ける者〉の生出としての〈生〉の自己‐生出;第5章 キリストの現象学;第6章 〈神の子〉としての人間;第7章 「〈息子〉のうちなる〈息子たち〉」としての人間;第8章 人間によるその〈息子〉という条件の忘却―「我としての自我」、「エゴとしての自我」;第9章 第二の誕生;第10章 キリスト教の倫理;第11章 キリスト教の逆説;第12章 神の言葉、聖書;第13章 キリスト教と世界;結論 キリスト教と現代の世界
ISBN(13)、ISBN 978-4-588-01196-2   4-588-01196-0
書誌番号 1125057754
URL https://opac.lib.city.yokohama.lg.jp/winj/opac/switch-detail.do?bibid=1125057754

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所蔵館 所蔵場所 別置 請求記号 資料区分 状態 取扱 資料コード
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